海運プラザ クローズアップ明和

第11回明和船団オーナーズ

明和海運では、自社で所有している船舶(4隻:注)と船主(オーナー)から借りて運航している船舶(13隻:注)によって、明和船団を構成しています。(注)2013年2月現在

このコーナーでは、明和海運のファンネルマークを付けた船舶を所有し、荷主様のご要望にお応えすべく、高い運航品質の維持に取り組んでいる明和船団のオーナーを数回に分けてご紹介します。

Vol.7 有限会社 新和汽船 代表取締役 吉本 和義さん

【会社概要】

会社名 
: 有限会社 新和汽船
所在地 
: 広島県呉市中央3丁目5-3-902
社 長 
: 代表取締役 吉本 和義
所有船舶 
: 新和丸(しんわまる)
新和丸(しんわまる)

~オーナーへの道~

オーナーへの道

  私は学校を卒業してから1年ほどトラックの助手をしていたのですが、あるとき東京にいる一番上の兄から人手が足りないから船に乗ってくれと頼まれたのが船員になるきっかけでした。
 父が漁師だったこともあり、元々海が好きでしたし、地元も学校を卒業したら大半が船に乗るか農業をやるという環境で育ったため、

船に乗ることは何の抵抗もなく、自然に受け入れることができました。その以降、兄の船で船員としての生活が始まりました。
私が22歳の時に兄が51歳という若さで亡くなったため、私が船長となり兄の息子が独り立ちできるまで、兄が残した船を守りました。そして、私が34歳の時に中古船(タンカー)を購入して事業を始めることを決め、その船を降りました。2年後にもう一隻中古船を購入し運航船が2隻となり、私が42歳の時に、1隻目の代替として新造船を造りました。
明和海運との取引は、当時(1990年代)の海運業は調子が良かったため、明和海運も船が足りず用船先を探しているところをブローカーから紹介してもらったのがきっかけです。ケミカルタンカーの新造船を造り、1993年(51歳)から明和海運との取引が始まり、その2年後に会社を法人化しました。2003年(61歳)に新造船「新和丸」を造り現在に至りますが、明和海運との取引は今年で19年目に入りました。

~大切にしていること~

大切にしていること

私は一人では何もできないと考えているので、やはり今は船員を一番大事にしています。船員がいなければ船が止まってしまうという危機感があるからです。今後も海運業を続けていく上で、船員問題は大きな課題として捉えています。
また、私も船に乗っていましたので、船はとても大事にしています。
船には良く行きますし、私自身が几帳面で何でもするタイプなので、船で何か気が付くと自ら率先して片付けをしたりします。

船員達も積極的に窓を拭いたり片付けをしてくれていますので、船はいつもキレイな状態を保てることができるのです。
そして、船に行ったときは、極力、船員達と話をするようにしています。普段の何気ない会話から、船員達の状況を垣間見ることができますし、船員達が何を感じ、思い、考えているかを把握して理解することは、安全運航を維持する上でもとても大切だと考えています。また、会社の意向を伝えたりする場合は、必ずワンクッションを置いて船長を通したりして、こちらから一方的な話しにならないよう心掛けています。

~オーナーってどんな人?~

オーナーってどんな人?

 良くも悪くもガンコで、一度こうと決めたら、それをやり遂げる人です。
私が船に乗るまで、父は仕事で海に出ていますので、普段の生活ではなかなか接点がありませんでした。当時、船乗りの父を持つ子供は、同じ状況だったと思います。普段は父が家にいませんので、母が父親代わり、長女が育ての親といった感じで育てられました。久しぶりに父が家に帰ってくると、その時は食事が豪華だったのを覚えています。父自身も、普段家にいないことが気がかりだったのか、あまり細かいことは言いませんでした。
ですから、船に乗るようになってからは、船で見る父がそのままであり、仕事を教えてくれる人でした。そして、船に乗って思ったことは、やはり船員としての父はすばらしいと思いました。

 雇われ船長もやっていますし、自分の会社の船での船長もやっていますので、普通の雇われ船員とは違った目線で色々と教えてくれました。例えば、黒油船に乗っている時は、汚れやすいのでウエスをいつもポケットに入れとくように言われました。仮に、ポケットにウエスを入れておかなくて少しでもオイルがこぼれるようなことがあれば怒られます。「あれだけ持っているように言っただろう。こういうことだ。」と。普通の黒油船はオイルが漏れて当たり前、大抵は汚れていましたが、当社の船はキレイでした。
船で父を見てきて、仕事の上で、父親を尊敬できます。この人について行ったら、船員として間違いないと思いました。私が初めて船に乗ったのは10代でしたので、道具の使い方から、どうしてこういう形になっているのかまで教えてくれました。細かい、ちょっとした工夫で工具や部品がいかに長持ちするかも教えてくれました。それはひとえに、父が自分で物事の根本・本質を捉えて行動してきたことを積み重ねてきた結果なのだと思っています。

~オーナーさんのとっておき!~

オーナーさんのとっておき!

くらはし温泉の定番コース、「桂浜温泉館」⇒「生ちりめん」がお薦めです!

桂浜温泉館は、広島県最南端の最大の島、倉橋島の南部に位置する呉市倉橋町にあります。
目の前には白砂青松百選に選ばれ万葉集にも詠われた桂浜海岸があり、後ろには昔、のろしの山として使われ、今は瀬戸内の多島美が望める軽登山で人気の火山(ひやま・標高405m)に囲まれた景勝地に佇んでいます。

倉橋温泉を使用しており、泉質は、含弱放射能ナトリウム塩化物温泉。いわゆる塩湯で、浴用の適応症も神経痛、筋肉痛、間接痛はもちろん、慢性胆嚢炎、慢性皮膚病、慢性婦人病など全24種類を誇り、療養温泉としても認められた日本でも屈指の良質な温泉です。
1階が倉橋の特産である御影石を使った「石の風呂」、3階が展望のできる「海の風呂」となっており、露天風呂やサウナ風呂、打たせ湯、ジェットバスなど色々な種類の温泉が楽しめます。
 2階にある「お食事処 海里部(かりべ)」では、桂浜の松林を望む明るく開放的な店内で、四季折々の瀬戸内の海の味覚を和食で楽しめます。

オーナーさんのとっておき!

中でも、よそではあまり食べることができない倉橋特産「生ちりめん」がお薦めです。
ちりめん(ちりめんじゃこ、しらす)は広島県下の水揚げ№1を誇る倉橋の代表的な地元食材です。ちなみに「ちりめん」とはカタクチイワシの稚魚のことで、広島ではカタクチイワシは一般的に「小イワシ」と呼ばれ、刺身の中では最も人気のあるものの一つです。

乾燥ちりめんなら、手軽にどこのスーパーでも手に入りますが生となると簡単には手に入りません。その上、漁期は夏場で、身は小さく傷みやすい為、生で食べることは地元倉橋でもあまりありません。
しかし、この「生ちりめん」、食べてみると乾燥とは違った味わいと、食感がありとてもおいしいのです。 味は繊細で上品な味わい。倉橋の甘めのお醤油でいただくお刺身は絶品です。
 のんびり、ゆったりと温泉に入ったあと、ビールを飲んで、生ちりめんをごはんにかけて食べてから帰る、私の週2日の定番コースです。倉橋自慢のとっておき、「桂浜温泉館」と「生ちりめん」をご堪能ください!

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