海運プラザ クローズアップ明和

第14回明和船団オーナーズ

明和海運では、自社で所有している船舶(4隻:注)と船主(オーナー)から借りて運航している船舶(13隻:注)によって、明和船団を構成しています。(注)2013年2月現在

このコーナーでは、明和海運のファンネルマークを付けた船舶を所有し、荷主様のご要望にお応えすべく、高い運航品質の維持に取り組んでいる明和船団のオーナーを数回に分けてご紹介します。

Vol.10 株式会社菅原ジェネラリスト 菅原 範明さん

【会社概要】

会社名 
: 株式会社菅原ジェネラリスト
所在地 
: 香川県丸亀市富士見町1丁目
 10-30
社 長 
: 代表取締役 菅原 範明
所有船舶 
: 勇幸丸(ゆうこうまる)
 
: 範美丸(のりよしまる)
※明和船団の船舶のみ記載

~オーナーへの道~

オーナーへの道

私の実家は曾祖父の代から漁業を営んでおり、祖父は渡船業を営み、父は小さな船で漁師をしていました。
私も小学生の頃、父の仕事の手伝い、幼い頃から海に慣れ親しみ、どちらかと言うと勉強よりはアウトドア派でした。
長女の姉がいて私が長男の6人兄弟で育ったので、長男ということもあり

高校進学は諦め中学卒業後に就職し、叔父の漁業を手伝いました。 小学校高学年の頃からだったと思いますが、「いつかでっかい商売がしたい」、そんなことを30歳過ぎるまで言っていました。
私が内航船に初めて乗ったのは20歳の時、友達の勧めで瀬戸内海を走る旅客カーフェリーに甲板員 として乗り込んだのが最初で、そこで海運のいろはを叩き込まれ、良い先輩方とも知り合い、本当に勉強させていただきました。
32歳の時に父が他界したので、カーフェリーを退職し、その後、内航のケミカルタンカーに乗船して33歳で船長をさせていただきました。
船の休みの時、よく丸亀港で休んでいたので、そこで妻と知り合うことができ、その出会いが会社設立のきっかけとなりました。
35歳になったばかりの平成18年3月に妻の方から海運に携わる仕事がしたいと相談があり、折しも空前の内航ブーム目前というタイミングで二人の意見は一致しました。船長として勤めていた会社の社長へ相談すると「応援するから頑張ってやってみろ」と嬉しいお言葉もいただけたこともあり、同年7月に会社を設立しました。
中古の特殊タンク船199トンの購入について引き合いがあり、その時勤めていた会社の社長から色々なご支援をいただき購入に至りました。その後、平成19年2月に広島県呉市にある海運会社の協力の下、明和海運とのご縁が始まりました。
事業を始めるに当たっては、周囲の諸先輩方のご理解を得るのも相当の時間を要しました。
平成20年には199トンと344トンの特殊タンク船を購入し、その翌年(平成21年)2月に勇幸丸(344トン)の売船の話があり、私には断る理由はなかったので即購入を決意して、明和海運のオーナーとして再スタートを切りました。
オーナーとして、最初は会議に出席するのも緊張し恐る恐るでしたが、妻の一言でそれがなくなりました。「大丈夫、取って食う者はいない!」
その後、3隻の中古のケミカル船を購入しましたが、船舶購入に際して中古船と言えども業歴が浅く金融機関の協力を得るもの大変でした。平成23年には、499トンのケミカルタンカー建造のお話を頂き、協力してくださった方々と歓喜が湧きましたが反面、新造船建造から竣工に至るまで皆様に大変なご支援を賜り、無事竣工の日を迎えることができました。弊社乗務員一同、陸上社員一同も念願が叶い涙したことを覚えております。
今後も、今日があることは周りの皆様や社員のお陰であることを忘れることなく、日々を大切に歩んで行きたいと思っております。
今後のビジョンといたしましては色々ありますが、まず私を含め社員一同スキルアップの為、ISMを取得する計画です。

~大切にしていること~

大切にしていること

大切にしているもの、それは仕事も趣味も家庭も全部が一緒です。全てが私にとって大切なものです。 従業員には、2日に1度は「仕事に来るな」と言っています。趣味だと思って、遊びに来るような感覚で仕事ができれば、疲れても次の日全く苦になりませんし、迷った時の発想も、疲れて仕事だと思う感覚と遊びだと思う感覚とでは、出てくるものが全然違います。
遊び遊びと言ってしまうと、おかしくなってしまいますが、そういう感覚、もっと気持ちを楽にして来てほしいと考えています。

大切にしていること

そういう考えが伝わっているのか、不思議と休みの日でもみんな会社に来るのです。
「何かやることないのか?」と聞くのですが、特に何かをするという訳でもなく、次の日休みという日には、日曜日でも、とりあえず朝、自主的に会社に来るのです。
そういった社員の自主性を育てていきたいと考えています。
「失敗して分かること」と「失敗してはならないこと」をきちんと分けて、基本的には、「黙って見守っている」ようにしています。

例えば、ケミカル船で素人が保護具を付けずに作業に当たり、目に液体が入るような失敗は絶対にしてはならないことで、そういうことは口を酸っぱくして言います。
ただ、手をやけどする、という時はあえて言いません。逆に、やけどで済んだから良かった。それが目に飛び散った時には失明しますから、やけどまではさせるという引き際が非常に大事だと考えています。
自分でやってみて、失敗して感じ取らないと、自分のものにならない。思い知らせることで、自分で注意できるようにならなければいけない、自分もそうしてきました。
それと、自分自身で気を付けているのは、社員も増えて会社が大きくなってくると、利益に走ったりする傾向が生まれるので、そこは何とか辛抱していかなければいけないと考えています。
例えば、修理の依頼がきた時、利益よりもお客様の立場を優先するといったところが、当社の良いところですし、「まぁ、いいだろ、マイナスじゃないんだから」という姿勢のお陰で、皆さんが頼って来てくれるのだと思います。
今後もしっかりと経営の舵取りをして、協力していただいた皆様に「何や、菅原、もう早う潰れたんか」ということがないように、少しでも「あそこは俺が出資してやったから」と言っていただけるよう、そうありつづける会社でいたいと考えています。

~オーナーってどんな人?~

オーナーってどんな人?

真っ直ぐな人です。仕事、家庭、プライベートで一切変わらない人ですね。
時々、いや、頻繁にとんでもないアイデアを提案してきて、「どう思う?どう思う?」と私や社員、子供たちに投げかけてきます。奇想天外な人です。そのような話をしてくる時の社長は目を輝かせて、まるで埋蔵金でも掘り当てたのかと思うほどはしゃいでいます。
無邪気というか、その話を聞いた私が「いいねぇ」と言うと、

「そうやろ、よっしゃー!」と言って行動に移すのです。「いいねぇ」と言った私も共感してしまったけど、 些か「どうしよう?大丈夫かな?」と思うこともありますが、そこは社長を信じ、支え、社員一丸となって社長のアイデアを生かして進みます。「成るようになる」ですね。とても頼りがいのある人です。
家庭では、家事も良く手伝ってくれます。料理も上手で、結構やりくり上手です。餃子は手作りで絶品!
一度に400個ほど作りますが、いつも完食です。そして、何を隠そう、ホットプレート奉行でもあるのです。とにかく、まめな人。お風呂に入ればカビ防止のお掃除をしてくれますし、仕事で疲れてても、「いつも苦労かけるなぁ、今日も疲れてるやろ。」と言ってマッサージを1時間位してくれたりと、子供達にも、社員にも思いやりがある人です。若手社員に対しては我が子を育てている感じですかね。出張に行っても必ず社員や家族にお土産を忘れません。
そんな主人(社長)だからこそ、胸を張って生きていけると思います。社員一同、家族一同感謝です。

~オーナーさんのとっておき!~

オーナーさんのとっておき!

丸亀が発祥の地、一鶴の「骨付鳥」がお薦めです!

骨付鳥(ほねつきどり)は、鶏の骨付きももの肉を焼いたご当地グルメで、香川県丸亀市が発祥とされています。
丸亀市にある「一鶴」(いっかく)の創業者が、ハリウッド映画に出てきたローストチキンをヒントに考案しました。塩コショウとニンニクで下味付けした鶏もも肉を焼いたもので、1953年から売り出しました。その後、「一鶴」が横浜市、大阪市に進出し、

うどんに次ぐ香川名物として注目されるようになりました。現在では、発祥地の丸亀だけでなく、高松市など香川県内や新居浜市など愛媛県東予地方で広がりを見せています。
居酒屋のメニューとして取り入れられることが多く、テイクアウトで提供する店もあります。
 骨付鳥一筋60年、守り続ける専門店の味「一鶴」の骨付鳥を是非、一度お試しください!


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