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第31回船乗りたちの道しるべ

部崎? 神子元? 来島?
陸上に住む一般の人々にはいまひとつ馴染みのない、読み方すらよく分からない地名ですが、日本の沿岸には海で生きている船乗りたちにとって大昔から自分の現在位置を確認したり、進むべき方向の目印にしたり、時には悪天候による遭難から命を守るために避難したりする大切な地点が数多くあります。
このシリーズではこのように船乗りたちにとって大切な道しるべとなる場所をご紹介していきます。

Vol.1 部崎(へさき)

第一回目は部崎をご紹介いたします。
部崎と書いて「へさき」と読みます。福岡県北九州市門司区企救(きく)半島の北東端、瀬戸内海周防灘に面した岬で、瀬戸内海と日本海をつなぐ海上交通の要衝である関門航路の東南端に位置します。

付近の海域では古来より数多くの船乗りが命を落としてきたという話を聞いた僧の清虚が江戸時代の末期に当地に小庵をつくり囲炉裏の火を焚いて往来する船の安全を守りました。また清虚の死後は清虚の遺志を継いだ村の人々が洋式灯台が出来るまでの間、火を焚き続けて来ました。

1867年つまり江戸幕府最後の年に兵庫開港に伴う外国船の安全確保のために幕府がイギリスと締結した大坂条約で設置を約束した5箇所の灯台の内の一つである部埼灯台がイギリス人技師、R.H.ブラントンの設計により1872年に完成しました。

それ以来、部埼灯台は潮の流れが激しく、なおかつ1日当たり600~700隻の船舶が行き交うという、まさに海の難所である関門海峡を通る船の安全を見守っています。

また現在の灯台には潮流の状況を知らせる電光掲示板が設置され、船舶に対して更に的確に情報を提供する事が出来るようになっています。

当社の船舶が瀬戸内海から富山や新潟などの日本海側の港に向かう際に悪天候の時には日本海側にはケミカル船が避難できる港が少ないため、部崎の付近の海域で天候の回復を待つために待機する、当社にとっては安全航海には欠かせない重要な避難ポイントでもあります。

写真2 写真3
写真提供 第七管区海上保安本部
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