明和徒然日記
第14回 二度目の満月
コロナ禍を機に満員電車を避けるため、時差通勤をさせていただいている。
当初は早過ぎると感じていた早朝5時半頃に家を出る生活にもすっかり慣れた。
朝の5時半といえば夏は既に明るく暑くなっているのだが、冬はまだ夜明け前のため辺りは真っ暗、しかも一日で最も寒い時間帯だ。
ある真冬の早朝、いつものように家を出ると凛とした冷たい空気の中、西の空に見事な満月が浮かんでいた。
夜が明けた後の青空に浮かぶ白っぽい月は見た事はあったが夜明け前の真っ暗な空に煌々と輝く「明けの満月」は初めて見た。
そもそも「明けの明星」ならぬ「明けの満月」という呼び方があるのかどうかも自信がない。
昔の風流人にも早朝から月を愛でるような酔狂な者はいなかったのだろう。
私も満月は夜に見るものだという先入観があったので、朝でもこんな見事な満月が見られるのかと少々意外な気がした。
出来ることなら、もう少し眺めていたかったのだが、ゆっくりと月見をしている暇もなくそのまま駅に向かった。
出社してしまえば普段通りの日常が待っており、忙しさに紛れて昼過ぎには満月の事など忘れてしまっていた。
さて一日の仕事が終わり夕刻になる。
冬なので日暮れも早い。
時差通勤のため終業時間が早いとはいえ会社を出る頃には薄暗くなりかけている。
1時間ほど電車に揺られて自宅の最寄り駅に着く頃にはすっかり暗くなっていた。
駅を出てふと空を見上げると、なんと今度は朝とは逆の東の空にまたも見事な満月が明るく輝いているではないか。
一日に二度も満月を見る事なんてそれまでは経験したことがなかったのだが、時差通勤のおかげで朝は美しい満月に見送られて出勤し、夜は再び美しい満月に迎えられて帰宅するという、ほんのささやかな日常の中の贅沢を味わうことができた。
海運会社でも私のような陸上職は自宅から通勤しているが、海上職である船員たちは一旦乗船すると何十日も昼夜関係なく船に乗り続ける生活を送っている。
そして殆どの船では、夜明け前後の4時から8時、そして日没前後の16時から20時はチョッサー(一等航海士)が操船を担当している時間帯だ。
「早朝に西の港に向けて航海して、今、東に戻る舵を握っているチョッサーも、どこかの海の上で同じように二度目の満月を見ているだろうか?」
そんなことを思いながら家に向かった。
筆者 佐藤兼好
夜明け前の西の空に輝く満月