石油化学製品のイロハ
第4回 トルエン
石油化学製品のイロハ
石油化学製品は、もともとは石油や天然ガスから幾重もの生産工程を経て、自動車の部品や、衣服の生地、薬品やお惣菜のトレーなど私たちの生活に必要な最終製品へと姿を変えていきます。
このシリーズではそのような石油化学製品について、コテコテの文系頭の筆者が難しい化学式や計算式などは省いて、分かる範囲で少しだけご紹介していきます。
前回ご紹介した、「美しい別名と独特な強い匂いと大量のスラッジを持つ縁の下の力持ち」の分解ガソリンから抽出される芳香族炭化水素の一つが今回ご紹介するトルエンです。
トルエンはその溶解力の強さからシンナーなど溶剤の原料として広く利用されています。 (注)シンナーとはTHINNER、つまり「薄めるもの」という意味であり、特定の石油化学製品の固有名詞ではなく一般名詞です。
しかしトルエンは芳香族炭化水素の特徴である、匂いが強く、また中毒性があるため継続して吸引すると重大な脳障害を引き起こし、最悪の場合は死に至ることもあります。
最近はあまり聞かなくなったのですが、以前は青少年が「アンパン遊び」などと称してシンナーを吸引する行為が社会問題にもなっていました。
実は筆者はつい最近、ある男性が若い頃にシンナー吸引を続けて失明した事を後悔したため、盲学校の教師になってシンナーによる健康被害の啓蒙活動に力を入れているという新聞記事を読んで改めてシンナーの恐ろしさを感じたばかりでした。
また、たとえ意図的に吸引しなくても、少し前に問題になったシックハウス症候群は家やマンションに使われている建材の接着剤や塗料などから空気中に放出された石油化学製品の成分が原因であり、トルエンもその成分の一つであると考えられています。
これだけを書くとトルエンはとても危険で有害な物質のように思われてしまいますが、実は様々な工程を経て私たちの健康にとても役に立つ製品にも生まれ変わっているのです。
身近なものとしてメガネレンズがあります。
ひと時代昔はメガネと言えば「牛乳瓶の底」などと揶揄されたようにガラス製のレンズが主流でした。しかし最近ではほとんどのメガネに、屈曲性に勝るプラスティックレンズが「薄い、軽い、割れにくい」という利点を活かしてガラス製のレンズに替って使用されています。
パソコンやタブレット、スマホなどで目に過剰な負担のかかる現代人にとっては実にありがたい素材なのです。
また、トルエンはトリエンジイソシアネート(TDI)という中間製品を経てポリウレタンとなります。ウレタンと言えばふわふわのスポンジ状の素材です。
これが各種のクッションやベッド、安眠枕などの材料として利用され、私たちの健康に不可欠な快適な睡眠をもたらしてくれます。
吸引したら死を招く危険性さえあるトルエンが他のさまざまな石油化学製品と合成されて性質を変えた結果、私たちの生活に役立つ製品に変化していくとはまさに驚きです。
石油化学産業は非常に裾野が広く、なおかつ奥が深い産業だと改めて考えさせられます。